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神戸地方裁判所尼崎支部 昭和51年(ワ)373号 判決 1980年10月22日

原告

並木ひろしこと並川健之

被告

平井伍

主文

被告は原告に対し、金一、二五六万一、〇四八円及びこれに対する昭和五〇年六月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを十分し、その七を原告の、その余を被告の負担とする。

この判決は原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金五、〇〇〇万円及びこれに対する昭和五〇年六月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は並木ひろしという芸名で作詞、作曲並びに歌手を業としているものであり、被告は普通乗用自動車を保有し、同車を運行の用に供していたものである。

2  原告は昭和五〇年六月二八日午前一時五〇分ごろ、被告運転の前記自動車に同乗して帰宅途中、兵庫県西宮市門戸荘一番一号を北進していたところ、被告が同車を同所の陸橋のらんかんに衝突させた(以下、単に本件事故という。)ため入院一二日間(同日から同年七月九日まで)及び同月一〇日から現在まで通院治療を要する顔面多発性挫創、頸部捻挫傷、左右膝関節、左前腕挫傷等の傷害を負つたものであつた。

3  本件事故は被告の前方不注視及びハンドル操作の誤り等の過失によつて惹起されたものである。

4  原告は本件事故により次のとおりの損傷を蒙つた。

(一) 治療費 金八九万〇、〇八六円

(二) 休業補償費 金一、三〇九万一、〇三六円

(1) 原告は本件事故前、作詞家、作曲家、歌手として一か月平均金九三万五、〇七四円の収入を得ていた。

なお、原告は本件事故当時、「並木ひろしとタツグマツチ」を結成して舞台活動を続け、昭和五〇年六月末頃小林音楽事務所との専属契約を解消することにしてはいたものの右グループを依然存続させる予定であつた。しかも、右グループ及び以前の「並木ひろしとピンカラトリオ」というグループでもわかるように芸能界では「並木ひろし」という名が著名で、原告は作詞、作曲活動も行ない、演奏活動においても「並木ひろし」の名をグループの長としてその名を冠することによつて出演料等にも影響を与えてきたのであり、将来の業務活動も決して不安定なものではなかつた。

また、原告は前記一か月平均金九三万五、〇七四円の収入の一部として作詞、作曲活動による印税、著作権料収入を得ていたが、本件事故が作曲に力を入れようとしていた矢先のことであり、これらの収入も休業補償費の中に加えられるべきである。原告は社団法人日本音楽著作権協会の正会員として作曲家としても一流の折紙をつけられていたし、将来必ずヒツト曲を作曲できる可能性は大であつたというべきであり、原告のような音楽家は継続的に作詞、作曲活動をしていることが重要であるばかりか事故に遭わずに作曲活動等をしていれば従前のヒツト曲「女のみち」あるいはそれ以上のヒツト曲を生むことも十分可能であつたと思われる。

(2) 原告は本件事故発生の日の昭和五〇年六月二八日から遅くとも同五一年八月末日まで入通院治療のため稼働できなかつた。

原告は兵庫県立西宮病院へ通院のかたわら有馬鍼灸整骨院へ通院し物療治療を受けていたところ、昭和五一年のはじめ頃ではギターを弾くことすらできず、原告の作曲活動やギターを弾いてする舞台活動に支障があつた。

(3) したがつて、休業補償費は九三万五、〇七四(円)×一四(か月分)=一、三〇九万一、〇三六(円)となる。

(三) 入院中雑費 金六、〇〇〇円

五〇〇(円)×一二(日分)=六、〇〇〇(円)

(四) 通院のための交通費 金七万円

(五) 労働能力低下による逸失利益 金二、三五六万三、八六〇円

(1) 前記のとおり、原告は本件事故前、作詞家、作曲家、歌手として一か月平均金九三万五、〇七四円の収入を得ていた。

なお、原告は「並木ひろしとタツグマツチ」を結成して舞台活動を続け、今後も存続させる予定であつたこと並びに作詞、作曲活動による印税、著作権料収入を得る可能性が大であつたこと等の事情の存することも前記のとおりである。

(2) 原告は本件事故により九級の後遺症(三叉神経異常眼症患=事故前左右一・〇の視力が事故により左〇・三の視力に減退)、若干の腰痛を残すようになつたばかりか作詞、作曲、歌手活動は今後六年は事故前の状態に回復する見込が非常に少なく、後遺症九級の労働能力喪失率は三五パーセント、継続期間は六年である。

(3) したがつて、労働能力低下による逸失利益は九三万五、〇七四(円)×一二(か月)×〇・三五×六(年)=二、三五六万三、八六〇円(円)となる。

(六) 本件事故による出演契約違反に対する損害賠償金 六八〇万円

原告は本件事故当時、すでに歌謡シヨーあるいはサイン会等に出演するため出演契約を締結していたが、これが出演不能になつたため有限会社VIO音楽総合企画から金六八〇万円の損害賠償の請求を受けているので、被告に対し右金員の支払を請求する。

なお、原告は右有限会社との出演契約により昭和五〇年一〇月頃まで九州方面での出演予定があつたが本件事故により出演不能になり、同年七月一日から同五一年六月三〇日までの間に一か月最低六〇万円、合計金七二〇万円の減収となつたので、仮に右有限会社に対する損害が認められないとしても、右金員を逸失利益として支払を求める。

(七) 慰藉料 金一、五〇〇万円

原告は本件事故により九級の後遺症を残すようになつたばかりか、作詞、作曲、歌手活動もプロダクシヨンとの契約解除により将来健康を回復しても即座に歌手活動等もできない状況にある。

また、原告の如き人気稼業はテレビ、ラジオ、舞台への出演ができなくなることが減収になり、事故前の状態に回復するのには相当の努力を要することになり、慰藉料としては金一、五〇〇万円が相当である。

(八) 弁護士費用 金二五〇万円

(九) 損益相殺 金七七〇万円

原告は被告から現在まで金七七〇万円の休業補償費の支払を受けている。

5  よつて、原告は被告に対し、以上のうち金五、〇〇〇万円及びこれに対する本件事故の日である昭和五〇年六月二八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項の事実は認める。

2  請求原因第2項の事実中、治療期間の点は不知、その余の事実は認める。

3  請求原因第8項の事実は認める。

4

(一)  請求原因第4項の(一)は認める。但し、支払ずみである。

(二)  請求原因第4項の(二)の冒頭部分は争う。

(1) 同項の(二)の(1)の事実中、原告の一か月の平均収入額は不知。

なお、原告の収入については次のことが考慮されるべきである。

原告は昭和四八年六月「ピンカラトリオ」を脱退した後、訴外岸わたること岸田英晴(以下、単に岸田英晴という。)及び同神のぼること諸戸貞典(以下、単に諸戸貞典という。)とともに「並木ひろしとタツグマツチ」を結成し、小林音楽事務所と専属契約を締結していたが、「ピンカラトリオ」当時の人気には及ぶべくもなく、また「並木ひろしとタツグマツチ」としてのヒツト曲を出せなかつたから、その活動は下降線をたどり、本件事故当時すでに事実上解散状態でタツグマツチとしての仕事をしていなかつたのであり、このことはメンバーの一人である諸戸貞典がすでに東京へ帰つていて原告の負傷の見舞にも来ていないことや原告及び岸田英晴がお互いに相談もなく本件事故前すでにそれぞれ単独に異つたプロダクシヨンと契約していること等から明らかであり、このように原告の業務活動の将来は見通しの暗いきわめて不安定な状態に陥つていたといわざるをえないのである。

また、原告は大別すると演奏活動の出演料(専属料を含む)及び作詞、作曲活動による印税・著作権料収入を得ていたが、印税・著作権料収入を原告の休業補償費算定の基礎となる収入から除外すべきである。けたし、原告は昭和四八年及び同四九年に多額の印税・著作権料収入を得て、その総収入に占める割合は極めて大きかつたのであるが、これは原告が同四八年六月まで所属していたグループ「ピンカラトリオ」がうたつた「女のみち」等の曲が大ヒツトしたことによるものであり、原告が次に結成した「並木ひろしとタツグマツチ」ではほとんどヒツト曲がなく、同五〇年以降は原告の印税・著作権料収入は急激に減少しているのであり、原告が印税・著作権料収入を得たのは一時的な現象にすぎないからである。

(2) 同項の(二)の(2)の稼働不能期間は争う。

原告はわずか一二日間入院したにすぎず、また退院後も一か月平均三回程度通院したにすぎないから、本件事故による入通院治療のため事故後本訴提起時まで一四か月間もの間全く稼働できなかつたとは到底考えられず、遅くとも事故後六か月を経過した昭和五一年はじめ頃からは労働が可能であり、しかもその稼働率は少なくとも通常の場合の三分の二以上が可能である。

(3) 同項の(二)の(3)は争う。

(三)  請求原因第4項の(三)は認める。

(四)  請求原因第4項の(四)は不知。

(五)  請求原因第4項の(五)の冒頭部出は争う。

(1) 同項の(五)の(1)の事実中、原告の一か月の平均収入額は不知。

なお、原告の収入について考慮されるべき事情のあることは前記第4項の(二)の(1)で述べたとおりである。

(2) 同項の(五)の(2)の後遺症の程度については争う。

仮に原告になんらかの後遺症が認められたとしても後遺障害の等級表の一四級程度にすぎない。すなわち、原告の後遺症は右眼外転障害及び右方視の際の複視、左耳聴覚過敏、頸椎むちうち症があるが、その後遺障害等級は眼科については等級表に該当するものがなく(神経障害とすると一四級の九)、耳鼻科、整形外科についてはいずれも一四級の九(局部に神経症状を残すもの)に該当し、総合すると一四級になるというべきであり、労働能力喪失率はせいぜい五パーセントで、その喪失期間はいわゆるむちうち損傷による神経障害であるから、症状固定後長くとも二年間とみるべきである。

(3) 同項の(五)の(3)は争う。

(六)  請求原因第4項の(六)は不知。

(七)  請求原因第4項の(七)は争う。

なお、慰藉料算定の根拠となる各事実は不知。

(八)  請求原因第4項の(八)は不知。

(九)  請求原因第4項の(九)は認める。但し、後に述べるとおり、被告は原告に対し、金七七〇万円以上の金員を支払ずみである。

5  請求原因第5項は争う。

三  抗弁

1  原告は被告の車両に好意同乗したものであり、損害額算定にあたつて考慮されなければならない。すなわち、

(一) 被告は昭和四六、七年頃被告の友人が原告の後援会長であつた関係から原告と知り合うようになり、原告の一フアンとしてよりはむしろ友人として親しく交際をしてきたものであり、原告とゴルフ、麻雀、飲食等で行動を共にすることがよくあり、麻雀などはお互いに自宅に招いたり招かれたりして家族的なつきあいをし、原告に出産祝を届けるようなこともあつた。

(二) 本件事故は被告が原告及び訴外岸田英晴を被告宅に招いて麻雀をし、当日午前一時半頃まで麻雀を楽しんだが、終了したのが深夜であり、また当時かなり激しく雨が降つていたため、車を運転して原告らをそれぞれの家まで送りとどける途中において発生したものである。

(三) 右のように、被告と原告とは数年間親密な友人としての交際を続けていたものであり、本件事故は被告の原告に対する全くの好意により、しかも原告を原告宅まで送りとどけるという原告の利益のみを目的とした運行により発生したものであるから、原告の損害及び慰藉料算定にあたつて相当の減額がなされるべきである。

2  被告は原告に対し、すでに次のとおりの金員を支払ずみである。

(一) 被告は原告に対し、治療費として金九五万八、一三四円を支払ずみである。

(二) 原告は保険会社から昭和五〇年一〇月一二日乃至同五一年九月二日までの間に金九一九万三、九〇六円の支払を受けている。

(三) 被告は原告に対し、金七〇万円を支払つた。

(四) 原告は仮処分決定に基く支払として金一二〇万円の支払を受けている。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁第1項は争う。

原告は事故当日、時間が遅いので被告に気の毒だからタクシーで帰ると言つたにもかかわらず、被告がすすんで運転したもので好意同乗ではない。

2

(一)  抗弁第2項の(一)の事実は否認する。

(二)  同項の(二)及び(三)のうち、原告が金七七〇万円の支払を受けたことを認める。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因第1項の事実は当事者間に争いがない。

二  同第2項の事実中、治療期間の点を除くその余の事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二号証の一及び二、同第三号証、同第六及び第七号証、同第一〇乃至第一四号証並びに原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故のため一二日間入院し、その後通院をはじめ、本件訴提起の日である昭和五一年八月三一日以後も通院していたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

三  同第3項の事実は当事者間に争いがない。

1  請求原因第4項の(一)の事実は当事者間に争いがない。

2  以下、同項の(二)について判断する。

(一)  成立に争いのない甲第四及び第五号証、同第一八号証並びに証人岸田英晴の証言及び原告本人尋問の結果によれば、

(1) 原告は昭和四八年分として合計金二、二七〇万八、四三四円の収入があり、その内訳は専属出演料として金四六七万二、二二二円、出演料として金一七二万九、三二八円、印税として金一、六三〇万六、八八四円であるが、必要経費一、一三四万四、〇〇〇円を差引くと所得金額は金一、一三六万四、四三四円となること、

(2) 原告は昭和四九年分として合計金二、四九七万一、三七二円の収入があり、その内訳は音楽著作権使用料として金九五二万一、三一六円、専属料他として金一、〇七〇万三、二〇二円、専属出演料として金三三三万三、三三一円、印税として金一四一万三、五二三円(金二、四九七万一、三七二円から以上の内訳の合計額を差し引いたもの)であるが、必要経費一、〇六三万七、八〇四円を差引くと所得金額は金一、四三三万三、五六八円となること、

(3) 原告は昭和五〇年分として合計金一、三二七万四、四五九円の収入があり、その内訳は音楽著作権使用料として金二五四万五、九九五円、テレビ、ラジオの専属出演料他として金六一二万一、七一一円、専属出演料として金一六六万六、六六二円、印税他として金二九四万〇、〇九一円であるが、必要経費五三〇万九、七八〇円を差引くと所得金額は金七九六万四、六七九円となること、

(4) 原告は並木ひろしの芸名で昭和三八年頃「ピンカラトリオ」というグループを結成し、他の二名の者らと寄席や劇場で音楽シヨーなどに出演し、また歌謡曲なども歌い、演奏していたが昭和四七年に原告が作曲した「女のみち」という歌謡曲が大ヒツトし、その後の「女の願い」、「女の夢」という曲と合計するとレコードが五五〇万枚売れ、種々の収入が飛躍的に増えたこと、

(3) 原告は昭和四八年六月一七日右「ピンカラトリオ」を解散し、同年七月一日「並木ひろしとタツグマツチ」というグループを訴外諸戸貞典及び同岸田英晴とともに結成し、同年八月一日から右グループとして舞台活動などを続け、原告の作曲した曲などを歌つていたが、そのうち「男の涙」という曲のレコードが三〇万枚、「めぐり合い」という曲のレコードが一〇万枚売れたこと、

(6) 原告は舞台に出演するかたわら、歌謡曲の作曲も続けていたが、昭和五二年四月二六日には社団法人日本音楽著作権協会の正会員となる資格を得たこと

(7) 原告は右のとおり「並木ひろしとタツグマツチ」というグループを結成し、小林音楽事務所という名で活動していた訴外小林厳と専属契約を結び演奏活動をしていたが、同人と仕事の方針などで意見が対立したため、昭和五〇年六月頃までで専属契約を解消する予定であり、それにともなつて右グループの構成員ともグループは残しながら、各人が個々的に芸能活動をしていくことになつており、本件事故前の昭和五〇年六月二三日訴外有限会社VIO音楽総合企画との間に同年七月一日から一か年間九州において仕事をする旨の契約を結んだこと、

以上の事実が認められ、右認定を覆えすに足る十分な証拠はない。

(二)

(1)  以上の事実によれば、原告は昭和五〇年はじめから本件事故のあつた同年六月二八日までは過去二年と大差のない収入を得ていたのであり、同年末までは収入が直ちに著しく減少することはなく同額の収入を得ることができたものと考えられるので、昭和四八年と同四九年の平均収入から昭和五〇年の収入を差引いた差額金四八八万四、三二二円が同年に得ることができた収入と解される。

〔(11,364,434+14,333,568)÷2-7,964,679=4,884,322〕

(2)  また、前記の事実によれば、原告は昭和五〇年六月頃までに小林音楽事務所との専属契約を解消する予定になつていたのであるからいわゆる専属料は減少したものと考えられるし、又著作権料や印税についてみるに、昭和四八年は金一、六三〇万円余であつたものが、同四九年は金一、一〇〇万円(九五二万一、三一六円+一四一万三、五二三円)弱に、同五〇年は金五四〇万円(二五四万五、九九五円+二九四万〇、〇九一円)余に減少しているうえ、レコードの売れゆきも「ピンカラトリオ」の時期に比べると「並木ひろしとタツグマツチ」になつてからは著しく減少していることをも合わせ考えると、昭和五一年の収入は同四八乃至同五〇年の収入の五割と解するのが相当であり、同五一年に得ることのできた収入は金六四二万四、五〇一円あつたと解される。

〔(11,364,434+14,333,568)÷2×0.5=6,424,501〕

(一か月の収入としては金五三万五、三七五円である。)

(三)  次に、前記二で認定したとおり、原告は昭和五〇年六月二八日本件事故にあい、同日から一二日間入院し、その後通院をはじめ、本訴提起の日である昭和五一年八月三一日以後も通院していたところ、前記甲第二号証の一及び二、同第三号証、同第六及び第七号証、同第一〇乃至第一四号証並びに原告本人尋問の結果によれば、

(1) 原告は本件事故により、目(右眼外転障害)、耳(左聴覚過敏)、左上肢など(左上肢の脱力感など)に障害を受け、目については昭和五一年一〇月二二日、耳については同年一一月五日、左手などについては同年一二月二八日にそれぞれ症状が固定したこと、

(2) 原告は昭和五一年にのど自慢の審査員をしたり、舞台に立つて歌つてみるなど、本件事故前の仕事に復帰する努力をしたが、肉体的に無理であつたこと、

が認められ、結局原告は本件事故後昭和五一年末までは休職せざるを得なかつたものである。

(四)  したがつて、原告のこの間の休業補償としては昭和五〇年分として金四八八万四、三二二円、昭和五一年分として金六四二万四、五〇一円の合計金一、一三〇万八、八二三円ということになる。

3  請求原因第4項の(三)は当事者間に争いがない。

4  同項の(四)について判断するに、原告本人尋問の結果によれば、原告は通院のための交通費として少なくとも金七万円を要したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

5  次に、同項の(五)について検討する。

(一)  前記2の(二)の(2)で認定したとおり、原告は昭和五一年分として金六四二万四、五〇一円の収入があつたものと解される。

(二)  ところで、前記甲第二号証の一及び二、同第三号証、同第六及び第七号証、同第一〇乃至第一四号証、成立に争いのない同第九号証、並びに証人市橋賢治、同中山一英、同安江謙二、同有馬正能の各証言及び原告本人尋問の結果によれば、

(1) 原告は本件事故のため外傷性外転神経麻痺で右眼に後遺症が残り(症状固定昭和五一年一〇月二二日)、その程度は身体障害者等級表では等級に該当しないものであること、

(2) 原告は本件事故のため左聴覚過敏で左耳に後遺症が残り(症状固定昭和五一年一一月五日)、原告が音響を扱う職業であることに鑑みると日弁連交通事故相談センターの作成にかかる後遺障害の等級表の第九級に該当する程度であるが、日常の通常の生活には支障はなく、時間の経過により慣れることもありうるものであること、

(3) 原告は本件事故のため頸椎鞭打ち症のため左上肢などに後遺症が残り(症状固定昭和五一年一二月二八日)、その程度は前記等級表によれば一二級乃至一四級に該当する程度のものであること、

(4) 原告は昭和五四年八月頃においてもなお左腕の麻痺やしびれを感じ、鍼灸整骨師の治療を受けていること、

以上の事実を認めることができ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

(三)  右各事実によれば、原告は症状が固定した後に身体の各部分に後遺症が残り、そのうちでも左聴覚過敏による左耳の後遺症が最もひどく、原告の職業をも考え合わせると、後遺症による労働能力喪失率は三〇パーセントと解するのが相当であり、その継続年数も六年と解するのが相当である。

したがつて、労働能力喪失による逸失利益は金一、三四九万一、四五一円となる。

(6,424,501×35/100×6=13,491,451)

6  同項の(六)の事実を認めるに足る十分な証拠はない。

なお、原告は昭和五〇年七月一日から同五一年六月三〇日までの損害を被告に請求しているが、右は前記休業補償の中に含まれるものと解すべく、休業補償とは別の損害として請求することはできないというべきである。

7  同項の(七)について検討するに、以上に認定した各事実を総合するならば慰藉料として金二〇〇万円が相当である。

8  弁論の全趣旨によれば、被告は原告が支払うべき弁護士費用として金一五〇万円を損害金として負担するのが相当である。

五  以下、抗弁について判断する。

1

(一)  被告本人尋問の結果によれば抗弁第1項の(一)の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

(二)  被告及び原告各本人尋問の結果によれば、同項の(二)の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

(なお、原告本人尋問の結果によれば、原告は訴外岸田英晴との間では、被告の家からタクシーで帰ろうなどと話合つていたことが認められるが、原告が被告にその旨を告げたことや被告が原告が断つているにも拘らずすすんで運転したものと認めるに足る証拠はない。)

(三)  以上の各事実に照せば、原告に生じた損害の全部を被告に負担させるのは衡平を欠くというべきであり、被告が原告に対して賠償すべき損害額としては前記四で認定した損害額の合計金二、九二六万六、三六〇円から二割を減額した金額二、三四一万三、〇八八円が相当である。

2

(一)  被告本人尋問の結果及び同結果により真正に成立したものと認められる乙第五号証の一及び二によれば、抗弁第2項の(一)の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

(二)  成立に争いのない乙第五号証の三乃至一〇及び原告本人尋問の結果によれば、同項の(二)の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

(三)  原告及び被告各本人尋問の結果によれば、同項の(三)の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

(四)  同項の(四)は主張自体失当である。

(五)  よつて、被告は原告に対し、すでに右(一)乃至(三)の合計金一、〇八五万二、〇四〇円の金員を支払ずみであるから、前項の金員から減額することになり、被告が原告に対して賠償すべき損害額としては金一、二五六万一、〇四八円になる。

六  (結論)

以上の次第で、原告の本訴請求のうち金一、二五六万一、〇四八円及びこれに対する本件事故の日の昭和五〇年六月二八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める部分は正当としてこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 佐野正幸)

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